ひとりのお茶時間

Sの風邪がよくなったりぶり返したりで、12月の土日は、ほぼほぼ家に家族で籠っている。中耳炎がまだ完治していないから、やっぱり気が気でない。昨日の経過観察でもまだ水が残っていると言われて、ヘコんだ。それでも、幼稚園は休まずに行ってくれている。

以前は、土日に家族で家籠りが続くと、私はストレスが溜まる一方であったが、今は平日にひとり時間があるから(幼稚園に行ってくれれば)、大丈夫。土日も、文句を言いながらも夕飯を作っている(昼ごはんは夫に作らせる)。購読しているブログに「専業主婦の休日は平日の昼間」と書かれていて、まさに!と、心の中で激しく同意した。家事を一通り終えた後の、お茶時間が至福のとき

 

冬の日中は天気が良ければ暖かく、光もキレイでいくらでもぼーっとしていられる。

最近、紅茶を飲むカップを変えた。実家からむかーし、貰ってきた橘吉のもの。ソーサーとセットだったから来客用にと思っていたけど、我が家に来客はないから自分で使うことに。母が昔買ったものらしい。青磁色にゴールドの縁取りが好み。

 

15:00頃

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翌13:00頃

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やっぱり少し違う。

 

ロイヤルに魅かれて買ってしまった

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ゴールド×ネイビーの組み合わせがグー。バター感(ロイヤル感?)が強め。

 

スキンケアメモ

寒さが増して、エアコン(暖房)を付けだした途端、頬に赤みが出た。

ヒリヒリもする。乾燥の季節を肌で感じる。

頬の赤みと向き合う。

徐々に良くなってきたから、メモ。今年のスキンケアと併せて。

 

頬の赤みの原因は、乾燥。エアコンはほんと、乾燥する。だけど、加湿器は去年捨てた。お手入れが面倒だから。エアコン以外の暖房機は無し。石油ファンヒーターの購入も考えたけれど、灯油を買いに行く/危険性(アパートで使用していいのかも不明)を考慮すると、今年も見送りに。

もう、見た目は無視して、タオル系の洗濯物は常に部屋干しに。さらに、Sが赤子の頃に使っていた布おむつも引っ張り出してきて、つるす。やかんいっぱいにお湯を沸かして沸騰させて、蓋は取っておく(コレが案外効く!!)。環境に関しては、出来得る限りのことをしたつもり。

 

次はスキンケア。

今はなるべくシンプルなスキンケアの方がいいという結論。色々何重にも塗るのは、それをやり続ける必要がでてくる。それよりも、自分が本来持つ力を備えた方が得策だと思う。そのためには、クレンジング選びを慎重に(落とし過ぎないクレンジングを)。スキンケアの要はクレンジングだと実感している。

 

秋口までは化粧水のみ。それで、十分だった。化粧水はセラミド入りを。

 

徐々に涼しくなって、ややつっぱる気がしてきたら、ほんの少しの油分を足す。今年はバーム(シアバター&ホホバオイル&アルガンオイル)を手作りしてみた。でも、バームって、毛穴が拡がる気がする(私だけ?)。髪にもオイルと併せて使用中。

 

エアコンで頬に赤みが出てきたから、バームをやめてクリームにしてみる。

ここで問題が。私はゆるいグリセリンフリーを実践中。グリセリンをなるべく控えたい(化粧水には少し入っているけど)。昔からスキンケア後の、肌の焼けたような赤さが気になっていたけど、それはグリセリンのせいかもしれないと何かの記事で知った。それまで、濃グリセリン基材のオールインワンジェルを使っていたけど、やめたら肌の調子が良くなっていった。グリセリンは最も低刺激な成分だと思うけど、合う合わないはあるみたい(私はBGが基材の方が相性が良いと実感)。でも、全く無配合だと、たぶんものすごく乾燥すると思う。でも、グリセリンが配合されていないクリームを探す方が難しい。だからバームを作ってみたのだけど。バームだけだと赤みはなくならず。

 

まずは、手元にあったこちらを(薬局で売っている)。ハンドクリームとボディクリームに使っているもの。グリセリンも普通に入っている。

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コレでは、改善されず、、、。何でだろう?クリーム状なら何でもイケるのでは、と思っていたけれども。

 

次は、サンプルを購入したこちら。グリセリン低配合で、成分が良さそうだなと思って(アボカド油が入っていない方のさっぱりタイプ)。頬と口元、乾燥が気になる部分だけに。 

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コレが私には合っていた。油分と水分のバランスが良いのかしら?3日目程で、赤みが無くなった!嬉しぃ~!朝起きた時にしっとりしている。ただ、匂いは無い方がいいかも。

肌の調子はテンションと直結する。

 

肌が不調になると、何かをどんどん足したくなる。美容液を足してみようかとか、クリームと併せてバームも使おうかとか。でも、足せば足す程複雑になる。原因が分かりにくくなってくる。本当は、ホルモンバランスが乱れているだけかもしれないし、少し加湿をすれば済む話なのかもしれない。少し辛抱すれば、自然に順応するかもしれない。

そこをちゃんと見極めるには、暫くの静観、我慢の期間が必要。じーっと、観察してみて、ひとつひとつ整える。なるべく足さない方向で考えてみる(水分は必須だと思うけど)。焦らないこと(内心は早く赤みがひくよう、焦っているけど)。そんなことを再確認した近頃。

 

今年のりんごジャム

恒例の、

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リンゴ4個分。今年は砂糖多めで。

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一番はじめ、何もない所から水分が出てくる時が面白い

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色がヤバい。下処理とレモンを省いたせい(砂糖の色もあるか)。

少し甘すぎた。Sは美味しいと言ってくれたから良し。

 

このジャムを使って、なんちゃってアップルパイ(餃子の皮を使用)を作っている途中、まさかの事態。

燃えた。

クッキングシートが。

トースター内で。

前から懸念していたんだった。電熱線と、網との距離が近いなぁと。素材をのせると、もうギリギリですぐ焦げる。油断していた。近くで見守っていてよかった。アルミホイルを切らしていて、クッキングシートを代用したのがいけなかった。

炎を見て一瞬固まる。ひとり焦ったけど、アップルパイの上から水をかけて消火。床もトースターも水まみれだったけど、何事もなく本当に良かった。

水に濡れ、焦げたクッキングシートがついたアップルパイを洗い、再びトースターへ。(トースターはちゃんと拭いてから)。今度はクッキングシート無しで、そのまま。f:id:room6:20181213221454j:plain

それなりの出来。トースター、替える絶対。

 

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今日はSの園外保育。凧揚げをするという。保護者は参加してもしなくてもどちらでも自由。前回参加したから、今回はお休みさせてもらうことに。私が来ないの嫌がるかなと心配したけれど、朝、バスに乗るとき「凧揚げたのしんでくるね!」と言われて、感動した。大げさだけど、本当に。

 

「違うこと」と「やりたいこと」それと過去、未来図

「違うこと」をしない。

それは、「やりたいことをやる」とは微妙に違う。

その文章を読んだとき、今までの私が肯定されている気がして嬉しかった。

 

先日のマイルールにも書いていたけれど、違うことをしないことは「無理をしない」ということにも少し似ている。私は「違うこと」に割と敏感な方だと思う。何となく嫌なことは避けてきて、でも「やりたいこと」を選択してきたわけでもなくて、それが間違っていたんじゃないか、もっと「好きなこと」に忠実に従ってそこを磨いて貫いた方がよかったんじゃないか、と考えてしまうことがあった。でも、「やりたいこと」だけに重きを置くことが全てではないのだ、と思えた。

 

過去を思い出す。「違うこと」をすると、やっぱり違和感が残る。

中学までは「違うこと」ばかりしていた気がする。大して好きではない子と面白くもないことを話して。つまらなかった。仲間外れにされたこともある。でも、私もはじめからその子たちを本当は好きじゃなかったから当然の結果だったのだと今は分かる(その時はそうは思えなかったけど。助けてくれる子たちもいて救われた)。誤魔化して上手くやり過ごしていただけ。勿体ないことをしたな、と思う。もっと気の合う子もいたのかもしれないのに。今付き合いのある中学時代の友人は一人もいない。

高校生の時に開き直れた。

入学して間もなく、クラスの学級委員(男子1名)と副委員(男女で1名づつ)を選出することになった。入学したてだから、クラスにいる子の顔も性格も名前もまだ認識していない。先生指名で決めるという。私の名前が先生の口から呼ばれた。ありえない、と思った。私の性格、絶対分かってないでしょ、と。

そこで、「嫌です。」と言ってみた。周りからどう思われてもいいから、やりたくなかった。皆だってきっと嫌なんだから、くじ引きで決めればいいと思っていた(そこまでは言わなかったけど)。今思うと、高校生活、あそこが転換点だったと思う。周りが「そういう子」だと認識してくれた気がする。あそこで断れたから、その後の生活をずいぶん気楽に過ごせた。前に出て話さなければいけない場面になると、「〇〇ちゃん(私)は、立ってるだけでいいから」と言ってくれた。周りの良い子に恵まれた。「違うこと」をしなければ、そういう流れになってくる。

 

読んでいて特に感じ入ったのは、「時間は、未来から過去に向かって流れている」という記述。起点は過去じゃなくて未来だったのか。私には確固たる未来図がないから体感しにくいだけで、言われてみればそうかもしれない。そう思った時、開かれるものを感じた。あぁ、そういうことかと合点がいった。同時に、もう少し具体的な未来図が描けたらなぁ、と。

 

スピリチュアルな本を普段読まないし疎いけれど、結構発見ができた。

 

野菜のおねぇさん

今日はいいことがあった。

いつものようにファーマーズマーケットへ行くと、入り口付近にあったセロリ(セルリーと書いてあった)が目に付いた。セロリの漬物好きなんだよなぁ、夫はセロリ嫌いだけれど、買おうかな(私だけ食べようか)と思い、どれにしよう、と物色していた。(最近、稲垣さんの影響で「おから漬け」にハマっている。)

 

セロリ、今回は2人の生産者から出されていた。

ひとつは大きめで160円(税込)、もうひとつはやや小さめで100円(税込)。

食べるのは私ひとりだけだし、小さい方がいいかなぁ。160円の方は薄い黄緑で、100円の方はもっと濃いなぁ、どっちの方が美味しいんだろ、、、濃い方がいいのかな、でも何か硬そうだな、、、と悩んでいた。

そこに、「おねぇさん、何の料理にするの?」との声。

はじめはその「おねぇさん」が自分のことを指しているとは気付かずにいたら、近寄ってきてくれた。私よりも少し年上位のおねぇさん。ファーマーズマーケットのキャップを被っている。あ、私に声掛けてくれていたんだ、と気付き、「えっと、漬物に、、」とまごついていたら、「こっちの方が美味しいよ」と160円の方を手に取り「この部分が肉厚でぷりっとしていた方がいいんだよ」「こんなこと言っちゃっていいのか分からないけれど、こっちはここが薄いでしょ」「〇〇さんのセロリはおすすめ!」と教えてくれた。

 

普段行くファーマーズマーケットは結構大きい所。レジも5~6台はある。

スタッフの方が常にフロアにいるわけではなく(レジにはそれぞれいる)、基本的には自分で選ぶ。人も大勢来るから、混んでいる。

色々な野菜から選べるのは楽しいけれど、いつも迷う。ひとつの野菜でも品種が豊富だし(さつまいもでもみかんでも大根でも6~7種類はある)、生産者も多数いて、どの方の野菜が美味しいのかが気になっていた。品種の違いのポップはあって参考にするけれど、生産者の方の違いは当然載っていない(たまに投票があるけれど)。

 

そのおねぇさんは今日たまたまいらしたみたいで、ラッキーであった。

調子に乗って白菜も聞く。「黄芯白菜」がおすすめとのこと。選び方とか保存方法まで教えてもらう。今は白菜安いから、やっぱり丸々ひとつ買った方がいいらしい(私もそんな気がしていた)。「良い土を使っていれば、根本の部分が肉厚になってずっしり重くなってくる、そういうものを選んだ方がいいよ。人間と同じだよ~」と笑いながら選んでくれた。

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(教えてもらって買ったセルリーと白菜)

 

「何でも聞いてね!」とにこやかに言ってくれたおねぇさん、あぁ、素敵。

ああいう方を爽やかと言うのだろう。

野菜からもおねぇさんからも良いパワーがもらえたこと間違いなし。

 

好きと似合う、さりげなさ

リヨネーゼ(フランスのリヨンに暮らすマダム)はいつも同じ格好をしているらしい。

毎日毎日同じ服装。ワンパターン。しかしそこには「さりげなさ」がある。

近頃読んだ、稲垣さんのエッセイに書いてあった。

ティージョブズみたいなことか。

 

自分にはコレが一番似合うということを知っているというのは強い。

私にとってのワンパターンって、何だろう、、、と巡らせてみたけれど、答えが出なかった。ワカラナイ。

好きは分かるけれど、似合うはよく分からない。似合うって難しい。

 

そういえば高校生の頃、「セーラー服が似合う人(男子は学ラン)」で1位になってしまった。文集に載せるランキングで、他にも項目は色々あった(今でも仲の良い友人は「優しい人」で1位)。私はセーラー服があまり好きではなかった。高校を選ぶ時に、唯一そこがネックだったほど。セーラー服って、「天真爛漫」みたいなイメージ。私とは全然違う。だってもう片ページでは「冷めている、ドライ」と評されていて、言ってること真逆じゃんと内心思っていた。

 

好きと似合うはやっぱり違う。ただ最近は似合う服を着ていたい、とも思う。

「究極の1着」があって、それを着続けることも潔い。私には出来ないけれど。

毎朝気分で洋服を選ぶことは好きだから(面倒だとは思わない)。

「似合う服を着る」というより「着続ければ似合うようになる(馴染む)」という方がもしかしたら正しいのかもしれない(エッセイでもそんなことが書いてあった)。

 

この秋冬は何も買っていない。引き続き来年もしばらくは買わずに過ごす予定。

今後の30代、今ある手持ちの服を着続けていくことで、「好き」だけではなくて「似合う」も見極めていけたらいい。日常の必要性までちゃんと加味できたら完璧である。

さりげないおしゃれって、ほんと恰好いい。

 

今回の稲垣さんのエッセイ、図書館でほぼ待たずに借りれた。その必勝(?)法。

発売と同時に、図書館のHPで入荷予定を毎日チェック。入荷予定の時点で予約をすれば、かなり早い段階で借りられる!(買えよ、という話だけれどね。)

その必勝法で読みたかった他の本も割と早く借りれた(嬉しい!)。

ぐいぐい引き込まれている。

 

ベビー服から本音を見つめる

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最近は、本当に暖かい。その分、急に寒くなりそうで怯えている。せっかくSの鼻水がとまっているから、どうか中耳炎が治りきるまでそっとしておいて欲しい。

 

昨日はSの乳幼児期の洋服を全て片付けた。今度の資源回収に出さないと、と思って。

小さな肌着をみて、キュンとなる。

慌ただしく過ぎ去っていったと思っていたけれど、やっぱりキュンとなる。

と同時に、ほんとに処分しちゃっていいのか、と迷ってくる。

ほんとに、Sひとりでいいのか。悶々と考える。

Sのことを一番に考えるなら、兄妹はいた方がいいとは思う。それはそう。

お金には変えられないものが絶対にある。

でも、自分のことを考えた時に、また一人で全部やっていくのか、と思うとどうしても躊躇してしまう。

その負担が圧し掛かる。というか、もう「負担」ととらえてしまっているし。

 

当初は、2歳差位でもう一人と考えていた。というか、一人っ子じゃいけないと漠然と思っていた(周りの意見もあり)。だから、洋服もとっておいた。でも、母が病気になりそれどころではなくなった。

子を産みたいという気持ちになれなくなった。

その時、別に子供一人でもいいんだ、と思ったら気がラクになった。「絶対」ではないんだ、と。

いつの間にか「絶対」になっていたことを知る。

 

母はよく、「兄妹がいて良かったでしょ?」と聞く。私は「うん、そうだね。」と答えることしか出来ない。そこで否定なんてできるわけがない。

現に、兄妹がいて良かったとは思う。頼れる身内がいるのはありがたい。でも、その分我慢してきたことも(金銭面で)多数ある。従妹は一人っ子で金銭的規制がなくていいな、と思っていたことも事実。

父は実兄(私にとっては叔父)とはいい関係ではない(ほぼ絶縁)。義父もそうらしい。義弟間もあまり仲良くはないらしい。良いことの方が多いだろうけれど、そればかりではない。

というか、家だって私が実家にいる頃(高校生まで)は皆バラバラだった。温かい家族とは縁遠かった。そのことを私は(おそらく兄も)忘れてはいない。

 

今、唯一見ているドラマがある。その中でのセリフを思い出す。

「やりたいと思うならやればいい、やらなきゃと思うならやめればいい」。

答えなんて簡単には出ないけれど、本当はその位単純なのかもしれない。